福岡高等裁判所 昭和35年(ラ)259号 決定 1960年12月14日
抗告人 福岡日産自動車株式会社
主文
原決定を取り消す
本件を福岡地方裁判所田川支部に差し戻す
理由
一 抗告人は抗告の趣旨として、原決定を取り消し更に相当の裁判を求めると言い、その理由として別記抗告理由のとおり主張した。
二 本件の債務名義である公正証書を見ればその内容は、抗告理由二に記載のとおりであり、要するに債務者小山朝満が将来あるいはなさるべき売買解除の結果債権者である抗告人に対し支払うべき金額は金九五八、〇八〇円(自動車の売買代金額に当る)及び日歩一〇銭の損害金であることを確定し、若し(イ)解除当時すでに債務者が割賦代金の一部を弁済しているときはその弁済総額(ロ)債権者が債務者から自動車の返還を受けたときは、同自動車の評価額(ハ)その他約定の確定控除金額があつて控除すべきときはその確定控除金頭、以上(イ)(ロ)(ハ)の三つのうち存在するものあるときは、その合計額を金九五八、〇八〇円(及び日歩一〇銭の損害金)から控除した残額について債務者は執行を認諾し、若し右(イ)(ロ)(ハ)のいずれも存しないときは金九五八、〇八〇円(及び日歩一〇銭の損害金)について執行を認諾していることが明白である。
したがつて、抗告人が抗告理由三に記載のとおり主張し(もつとも三には元本のみが書かれて、これに対する日歩一〇銭の損害金が脱漏しているため、三に書いてあるところだけで計算すると計算が合わないが、その点は問題でない。)本件債権差押命令の申請をなしたのは正当であるのに、原審が、「抗告人が売買契約を解除した場合における損害賠償の請求については、たんに車輛回収費用及び未払代金合計額から抗告人において返還を受け、査定評価した自動車の価額を控除した金額という記載があるだけで果してその金額がいくばくであるかを公正証書の記載自体によつては確定するに由がない」として、本件公正証書は執行名義たり得ないとしたのは違法である(当裁判所昭和三五年(ラ)第一三二号同年六月二四日決定参照)。
また、本件債権差押命令申請却下の理由の一として、「本件申請書によると差し押うべき債権の表示として債務者が第三債務者株式会社福岡相互銀行に対して有する当座預金、普通貯金、定期預金、相互契約金債権と記載されているだけで、預金通帳の記号、番号はもちろん預け入れの日時金額についての記載がないため、その特定を欠き右債権の内容及び金額が明らかでないので、本件申請は民訴第五九六条第一項に違反し不適法である。」と説示しているが、同条項が差し押うべき債権の種類及び金額の開示を要求している所以は、利害関係人ことに第三債務者をして債務者の他の債権と区別することを得させるためであるから、債務者が第三債務者である銀行に対して有する預金債権の差押命令申請書には、必ずしも預金通帳の記号番号や預金預け入れの年月日を記載することは必要でなく(これを要求するのは差押債権者にとつて至難を強うるものである。)、本件差押命令申請書程度に表示すれば、あえて同条項の要件に欠くとして不適法とすべきではない。
要するに、原決定が本件申請を却下したのは違法であるから原決定を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 秦亘 中島武雄 高石博良)
即時抗告申立の理由書
抗告人(債権者) 福岡日産自動車株式会社
相手方(債務者) 小山朝満
第三債務者 株式会社 福岡相互銀行
右者間の昭和三十五年(ラ)第二五九号債権差押命令申請却下決定に対する即時抗告事件につき左記の通り抗告理由を陳述する。
昭和三十五年十一月十四日
抗告人代理人弁護士 三原道也
福岡高等裁判所
第二民事部御中
抗告理由
一、公正証書が一定の金額の支払を目的とする請求につき作成された証書として債務名義となり得るには、公正証書に一定の金額を明記してあるか又は公正証書自体により金額を算出し得ることを要するは勿論であるが、右の公正証書に表示された一定の金銭債権額が公正証書作成後弁済その他の事由により減少したような場合は、右減少額(弁済額等)などを他の資料により算定の上現存債権について強制執行をなし求めることは、むしろ当然であると思料する。
二、本件に於ては、抗告人は昭和三十四年九月二十二日相手方に対し自動車一台を代金九五八、〇八〇円で売渡し、即時内金一一〇、〇〇〇円の支払を受け、残金は相手方において昭和三十四年十月二十五日限り内金四七、二一〇円、同年十一月から昭和三十六年三月まで毎月二十五日限り金四七、一一〇円宛を割賦弁済することとし、右割賦金の支払を怠つたときは日歩金一〇銭の割合による損害金を支払い、右約定の期日前に支払をしたときはその日数に応じ日歩金三銭三厘の割合による金員の割戻を受けることができ、抗告人は相手方において右割賦金の支払を怠つたときは催告を要しないで直ちに売買契約を解除しうべく、該自動車の所有権は代金完済とともに相手方に移転するがそれまでは売主たる抗告人にこれを留保し、売買契約が解除されたときは相手方は直ちに自動車を抗告人に返還すべく、返還を受けた抗告人は自動車を査定評価し、その評価額が自動車回収費用及び未払代金の合計額に充たないときは相手方は抗告人に対してその不足額を支払うべく相手方において右契約上の金銭債務を履行しないときは直ちに強制執行を受けても異議がないことを認諾する旨、それぞれ記載した公正証書を作成した。
三、然るところ、相手方は昭和三十四年九月二十二日右代金九五八、〇八〇円のうち金一一〇、〇〇〇円を、同年十二月二十五四日までに金一三〇、〇六八円を夫々支払い、抗告人から金一七、二一二円の値引を受けたのみでその余の割賦金の支払を怠つたため、抗告人は昭和三十五年二月二十四日売買契約を解除して自動車の返還を受け、売買代金九五八、〇八〇円からすでに弁済及び値引を受けた金員を控除し、次でその残額金七〇六、六五〇円から金四一、七四三円(契約解除日から約定の割賦金支払期日までの日歩金三銭三厘の割合による割戻金を控除し、更にその残金たる金六六四、九〇七円から返還を受けた自動車の査定評価額金四〇〇、〇〇〇円を控除した残額金二六四、九〇七円を債権額として、右公正証書の執行正本に基いて、本件債権差押命令を原審裁判所(福岡地方裁判所田川支部)に対して為したものである。
四、前記公正証書に於ては、相手方は金九五八、〇八〇円(自動車代金)又は同金額より弁済や返還自動車の査定評価額その他を控除したる残金額を支払うことを約定し、その契約上の金銭債務を履行しないときは直ちに強制執行を受けても異議がないことを認諾したものであつて、その支払うべき金額が売買代金と目すべきか又は損害金と云うべきかを問わないものである。右は本件公正証書を精読すれば極めて明白である。
五、原審裁判所は本件債権差押命令申請に於ける請求債権は損害金請求であるとし、本件公正証書には売買代金の請求については一定の金額の表示があるが損害金についてはその表示がないとしたのは全く失当である。
損害金の請求額は売買代金額の表示を基礎としてこれよりも少ない金額に於て算定せられることが極めて明白である事実を原審裁判所は看過したものと謂わねばならない。
勿論右金額の算定は公正証書自体のみでは之を為すことが出来ないが、公正証書に記載した金額より控除し減少して算出せんとする場合はその控除すべき金額を公正証書以外の資料によつて為すことが出来ることは冒頭に述べた通りである。
六、原審裁判所が、本件公正証書執行正本に一定の金額の表示がないとして債務名義となることを拒否し本件の債権差押命令申請を却下したことは不当である。
七、原審裁判所は又、本件債権差押命令申請書に差押うべき債権の表示として「債権者が第三債務者(株式会社福岡相互銀行)に対して有する当座預金、普通貯金、定期預金、相互契約金債権」と記載されているだけで預金通帖の記号及び番号は勿論預け入れの日時及び金額についての記載がないため右債権の内容及び金額が明かでなくその特定を欠いでいるから本件申請は不適法であると云つている。然し前記の差押うべき債権の表示のみで十分であつて特定し得るものである。
裁判所に於ける一般の債権差押の場合の慣例にも合致する。
原審裁判所が若しも万一差押うべき債権の表示が広すぎると思うならば、その債権の表示に「請求金額の金額の限度に於て」とか又は債権の種類に順序をつけたり或は同種のものであれば最も早く支払期の到来するものより等の制限文言を付して差押命令を発すればよいものであつて申請を直ちに却下するが如きことは違法も甚だしいと信ずる。原審裁判所の云うが如くであれば一般に債権差押や仮差押は大凡不可能となる。
八、御庁に於ては原決定を取消されて本件を原審裁判所に差戻さるべきものと信ずる。
九、尚福岡高等裁判所第二民事部昭和三十五年(ラ)第一三二号昭和三十五年六月二十四日の御決定を援用いたします。